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オレ、やっぱり海外で働きたいわ

"ほぼ"毎日更新。海外生活・英語・読書・勉強・生き方を中心に、日々の生活で感じたことを現役大学生がつぶやいていきます。

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なんで休学してまで海外インターンに行くの?

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 (インドで開かれた国際会議にて)

こんばんは。

休学して、海外ではたらいてくる と決めてから、親戚をはじめ、多くの友人や社会人の方から「なんで休学してまで海外インターンに行くの?」という質問を頂きます。

「新卒1年目で海外に行くのはダメなの?」「1年の休学は生涯年収にかなりの差がでるけどいいの?」等のアドバイスもたくさん頂きました。

 

ありがとうございます。

それでも、休学して海外インターンシップに参加したい!!そう思ったんです。

 

そこで、今回は海外インターンシップに参加する理由をまとめてみました。

 

きっかけは妹が見ていたあのドラマ

(著作権の諸々がよく分からなかったので、勉強してから画像貼付けますねw)

 

そもそも、海外に興味を持ち始めたきっかけは、高校2年生の冬まで遡ります。

当時、本気で海上保安官になりたいと思っていた僕は広島の海上保安大学校に進むのか、東京の4年制大学に進むのかで頭を悩ませていました。

「海上保安官を目指すには広島に行くのがベストだろう。

ただ、4年制の大学に行けばこれまで自分が経験した事ない事もたくさん経験できる。その中で自分の夢を見つけることができるかもしれない。」

そう思い、日々悶々としていました。

 

ある時、妹が見ていた一本のアメリカのドラマに出会います。

そこでは、レズやゲイ、ドラッグ中毒やダウン症、車いすの人達が一同に登場して、全ての登場人物がフラットに描かれていました。

正直、これまで"マイノリティ"と呼ばれる人達に対して、心のどこかで偏見を抱いていた私は、大きな衝撃を受けました。

それこそ、今後の私の人生に大きな影響を与える事となったドラマ

「glee」

です。

 

以下Wikipediaからの引用

ライアン・マーフィー制作。オハイオ州ライマにある架空の学校、ウィリアム・マッキンリー高校の合唱部(グリークラブ)を中心に描かれる、ミュージック・コメディ・ドラマである。プロのダンサーやミュージシャン、ブロードウェイでの舞台経験などを持つ実力派のキャスト(出演者)たちが、1930年代~90年代のスタンダードから最新のヒットソング、著名なミュージカル・ナンバーなど、毎回幅広いジャンルから名曲をカバーするパフォーマンス(ショウ・クワイアー)が見どころのひとつ 

 

www.youtube.com

 

 

多様な人がお互いの価値観を認めながらも、自分の考えを持って生きている。

フレンドリーであり、受容力があり、差別がない。そして英語が話せる。(当たり前ですが)

 

「外国に行けばこんな環境で生活ができる!!この人達みたいに多様性でフレンドリーで英語に揉まれた環境に身を置いて自分もそんな人になりたい!」

そう思ったんです。

そこから一気に進路を変更。英語に強い立教大学へ進学する事を決めます。

とは言え、英語は自分が最も苦手としていた教科。

3年生の4月に受けた模試はひどいものでしたw

 

英語:48.3

リスニング:40.8

 

我ながらよくこんな偏差値から立教目指したなって思いますw

それでも、「glee」で描かれていた世界観への憧れは途切れる事なく、なんとか立教大学に入学します。

 

世界最大の学生団体との出会い

大学に入学した僕が胸に抱えていた思いはただひとつ

「グローバルな世界に飛び込んで、gleeのような生活を送ること」

 

そんな時に巡り会ったのが、世界最大の学生団体である「AIESEC」(以下、アイセック)でした。

「Peace and fulfillment of humankinds' potential」という理念のもと、

将来のグローバルリーダー輩出のために日々運営している「海外インターンシップ」

 

これまで留学しか考えていなかった僕に「海外インターンシップ」という選択肢が増えた瞬間でした。

 

今年参加したAIESECの国際会議で、10万人の代表Anaがこんなことを言っていました。

 

You are no longer part of a NGO.

You are no longer part of an organization.

 

You are part of global youth movement.

 

めちゃくちゃかっこいいですよね。

他の誰でもない自分が世の中に対して良いインパクトを残したい!!!!

そう思いましたよ。

 

初海外のカンボジア。そこで見た現実

どこでもいいから早く海外に行きたいと思っていた私は、1年生の夏にカンボジアに行くことを決意。

NPO法人HEROという団体を通してスタディーツアーに参加する事にしました。

初めての海外でワクワクしていた私が目にしたものは、楽しい事だけではありませんでした。

かつてのポルポト政権で起きた大量殺戮の跡、学校へ行けない子供達、生活費を稼ぐために物売りをする少女。

大学まで通わせてもらっているのにもかかわらず、何もできない自分に強い嫌悪感を抱きました。

 

「気持ちだけではだめだ。解決したい問題に必要な知識や能力をつけなくては」

そう思ったのを覚えています。

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(観光客にポストカードを売る少女)

 

とは言え、初の海外。

とにかく全てが新鮮でした。

道路中に鳴り響くクラクション、ゴミだらけの道路、野生の牛や猿、レストランにいる汚い犬、食事中に飛び回るハエ、「ソコノイケメン〜」って話しかけてくるおばちゃん、美味しいエスニック料理、豊かな自然、感動するくらい美しい夜空。

 

「世界ってめちゃくちゃ楽しいじゃん!!」

完全に海外にハマりましたね。

旅行ではなく、現地で生活する感じがたまらない。

現地の人と学校建てたり、一緒にご飯食べたり、めちゃくちゃ値切って買い物したり。

 

「大人になったら世界中どこでも働けるような人になりたい!!!!」

そう思った18歳の夏でした。

 

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 (塗装をした学校の壁に参加したメンバーの似顔絵が描かれました。細めのたれ目が僕ですね。)

 

大学生活最大の挫折〜Asia Pacific Conference〜

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カンボジアから帰ってきた僕は、更なるスキルと能力を身につけるべくアイセック活動の励みました。


そして2年生の冬、立教大学委員会の委員長に選出された私は、立教大学委員会からは数年ぶりとなる国際会議への参加を決めます。
当時の私の英語力は、TOEIC750点。
アイセックの海外渡航基準である730点をギリギリ超える程度でした。
とは言え、立教大学委員会の中ではそこそこ。カンボジアに渡航した頃と比べたら300点以上伸ばしています。

 

僕は、根拠のない自信と共に韓国へ飛び立ちました。

 

Asia Pacific Conferenceでは、アジアに属する国々のアイセックメンバー約300人が一同に集結し、各国の社会問題や今後のアイセックにらおけるアジア諸国が担うべき役割について議論しました。
日本からは約15名ほど。京大や、慶應、早稲田などからも参加しました。

 

ついに念願の国際会議。
ついに念願のサムギョプサル。
ついに念願のコリアン美人。

そんな希望とは裏腹に、僕はこの国際会議で大学生活最大の挫折を味わいます。

 


そう。
「議論ができねええええええ」

 

休憩時間の会話程度ならできるんです。ただ、議論ができない。。。

 

海外のアイセックメンバーを始めとして、他のメンバーは英語力のみならず、社会情勢やそれぞれ自国の社会問題に対して自分の意見を持っていました。

しかし、僕はといえば英語が拙いだけでなく、社会情勢や日本の問題でさえ知識がなかったのです。

 

「井の中の蛙大海を知らず」とはまさにこのこと。
挫折した僕は、逃げました。

国際会議では、人数が多いため会議の出席管理が行われません。

 

私は、難しそうな議論から逃げました。

 

自分の力の至らなさ、そしてあまりの挫折感から逃げてしまった自分の弱さ、そしてなにより、グローバルリーダーの輩出を掲げている団体のトップがこの自分であるということ。
7泊8日の旅で、海外への憧れはどん底に突き落とされました。

 

決意新たに。最大の国際会議への挑戦

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(世界126の国と地域から800名を超えるメンバーが集まりました)

委員長としてやっと地に足着いてきた6月、僕は決意を新たにします。

「もう一度国際会議に参加しよう。そして委員長としてこの経験を組織に最大限還元しよう」
毎年8月に、アイセック最大の国際会議"International Congress"が開催されます。
今年の開催地はインド。世界126の国と地域から、800名を超えるリーダー達が集まりました。

今回の会議の目的は「2020年までの中長期戦略の策定」です。

世界の社会問題、国連の打ち出した政策、今後の社会動向、そしてアイセックのあるべき姿。

前回よりも圧倒的に難しいお題について議論しなければならない今回。9泊10日は議論漬けの毎日でした。

 

国際会議初日。
緊張している私達に向かって、部屋を仕切っていたファシリテーターがこんな事を言ってくれました。

「You don't need to be afraid of anything. During this conference, all of you can try to jump out from your confort zone」


つまり、「何も恐れることはないよ。この会議では君たちみんなが新しい世界に飛び出すことができるのさ。(さあ、今こそ立ち上がろう。あの時の失敗は気にするな。だって君はアイセックのメンバーじゃないか。君ならできる。委員長として胸を張ってこの経験を持ち帰ろう。君なら挑戦できる)」
って意味です(長い)


少なくとも僕にはこのように聞こえました。
この先どんなにきつくて英語が話せなくて泣きそうになっても絶対に会議から逃げないと決めました。

案の定議論はめちゃくちゃ難しかったです。

 

だって、急に国連の動向とかの話がされるんですよ。

しかも、いきなり隣の女の子が「そのとして国連で〇〇って政策が出されたわよね♡」と言われたらビビりません?
この子普段どこで服買ってんだよって思いますよね? (そこじゃない)

 

とま議論はほんとに辛かったです。

特に「hey! what do you think man?」て聞かれたときは滝汗でしたね。

「Yes! I'm Masa!」って答えてやりましたよ。

 

 

でもやっぱりずっと会議に参加してるとめちゃくちゃいい影響受けるんですよ。もちろん全ての英語が聞き取れるわけではないんですけど、国連の人が来てスピーチをしてくれた時ですかね。800人の目の前で、「No one can do everything, but everyone can do something」
って言ったんですよ。
日本人としてもっと世界に出たい。日本人として世界に貢献したいって気持ちが強くなりました。

 

結局のところ

とまあ、1年生から色々と潰されたり夢見させてもらったりしてきたわけですが、それでも根底にあるのは「世界ってめちゃくちゃ広いしめちゃくちゃ楽しいじゃん!」ってことです。

 

世界でビジネスをしたい、もっとみんなが可能性を発揮できる社会を作りたい、そんなことももちろん思います。

でも、根底にあるのは、もっとシンプル。

この一度しかない人生、もっと世界を見て、もっと世界中の人と仲良くなりたい。

小中高とガッツリ地元で育った僕が、大学生になって飛び込んだ世界は想像以上に大きく、想像以上に困難で、想像以上に感動するものでした。

今しかできないことを今本気でやってれば、そのうち何か先が見えてくるんじゃないかなって思ってます。

目指せグローバルリーダー!!

 

めちゃくちゃ長くなっちゃいましたねww

もし、最後まで読んでくれた人がいたら、本当にありがとうございます。

 

それでは、ありがとうございました!

 

www.amazon.co.jp

(あんまり内容と関係ないかも)